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zoom RSS 赤毛のアン(アニメ)に大変感動した、の話

<<   作成日時 : 2016/10/29 18:11   >>

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よう
拝啓40代ももっち元気ですか俺のネットストーカーの

それはいいんだけど どこから説明しようか
まあちょっと前置きが長くなるので
検索でこのブログがヒットした人は「えっなにこれめんどくさい」となるかもしれないけど
おそらく赤毛のアンで検索してこのブログにたどり着いた人は
赤毛のアンがどう褒められているか読みたい人だから

まあ少し我慢してでも読んでおいた方がいいよ
間違いなく人生の1つの得になるから

さて おれのブログはだいたい4パターンに分かれる

1 興味のある人は特に面白い
2 興味のある・なしに関わらずだいたい公平に楽しめる
3 万人が人生の参考にできる
4 単なるおれの趣味

1については 当たり前の話であって
きみらも分かりやすいと思うが
つまりは キャンディの話 テニスの話 プロレスの話 という
単純にそのジャンルに興味を持っている人が
そのジャンルについて書かれていて 楽しく読めるというね

補足しておくと それについては多少誤解がある
実はおれのブログというのは純粋に文章が面白いので
興味がない人でも楽しめるのだが
残念ながら きみら=読み手がそこまでついてこれないと思う

それは仕方ないと俺も思う
だからまあ 1については興味のある人だけが読んで 楽しんでくれて
評判が評判を呼んで 出版に至るといいかな みたいな

2については たとえば燃えてMIKOの話とかね
あれは別に 燃えてMIKOに興味がある・なしにはほぼ関係ない
万人に分かりやすい まあ言ってしまえば「小学生でも楽しめる」ような書き方だし
普通に楽しんでもらい やがて出版に至る みたいな

3については あまりやらない
たとえば宅間死刑囚の話とか そういうやつね

こういうのはしっかり順序立てて説明しているから
最初から最後まで しっかり読んでくれないとわけが分からないので
きみら=読み手にある程度の 技量 というほど大げさなレベルではないが
まあ ちょっと分かりにくければ読み返す ぐらいの熱意が必要なのね

読み流しをされると 少し伝わりにくい
しかしきみら全員がそこまでしっかり読んでくれる(読める)とは思ってないから
おれもあまり やらない あわよくば出版 みたいな

4 単なるおれの趣味
これはなんつーか 掛け軸買わないか? みたいなアレね

これは書いていてとても気楽だ
おれが好きで書いているだけで まあきみらにも少し読ませてあげるかみたいな

だからまあ あの種のアイデアは無限……に近く 頭から出てくるというか
まあ豪語すればおれというのはそういうタイプの人間なのだが

その中で 気が向いたらちらほらと書いているというかね
だから別に俺の頭の中にあるから おれはおれで楽しんでいて
それを外に出すかどうかは どっちでもいいかなー出版されれば みたいな


今夜書くブログはそのパターンで言えば
(1+3)/2 って感じだ
まず 赤毛のアン と聞いて興味がわかない人
そういうものが嫌いな人は楽しめないだろう
残念だがブラウザ閉じていいよ

ただ 3
そういう人でも人生の参考にはなると思う
思うので やっぱ閉じるな

つまり興味がないと読むのが苦痛だろうが
読めば人生のためにはなるよ みたいな?

さて
ここまで読んだだけで
赤毛のアンで検索してここに来た人は既に読む気をなくしているかもしれないが
それはしょうがない
それでも上の説明をしなければいけない時が男にはあるというか

でもまあ
今夜はさっそく本題に入りましょうか
40代ももっちなんか驚くぞ
「えっあの人っていつからそんな早く本題に入る人になったの?」
「腐りかけの子宮が熱くなってきたわ」
みたいな

いや別に40代ももっちが嫌いなわけじゃないけどさー
なんかいくら悪い書いてもどうせ読んでくれるんじゃないかなーみたいな
ストーカーと被ストーカーの なんか 付かず離れずの甘い関係っての?

まあいいや

さて本題
赤毛のアン(アニメ)をこのたび初めて見た
一気に通しで見て とんでもなく感動した
本当はこんなブログを書かずにどっぷり感動につかっていたいのだけど
忘れないで ダイアナ とか聞いていたいのだけど

まあ人間 一面だけでは語れない

うすうすは感じていた
俺はきっと赤毛のアンが合うだろうなー と
しかし半ばわざと見ていなかった

一応説明しておくと
合うだろうなー と思ったのは このブログのいろいろな記事を読んで頂ければすぐ分かる事だが
おれはとてもロマンチックな夢見るおじさんだ
そして現実から目を背けるガチガチな理想主義者だから
日本アニメ世界名作劇場 というもの自体がおれには合うのだけど
その中でもたぶん 赤毛のアン は合うんだろうなーとは思っていた

一方 半ばわざと見なかった理由
これは2つ
1つは ジブリ特有の演出がなんとなく嫌いなのね
ジブリが嫌いなわけでなく 特有の演出 が嫌いだ

ナウシカが父上を殺された時 怒りでブワッて髪が逆立つ
トトロとかで 喜ぶ時に 目を見開く
走る時に わざとよろけさす

こういうのが嫌いだ
これを評価する人の気持ちは分からないでもないが おれは嫌いだ
理由はまとめて最後に書くので 先に2つめについて

2つめは 詩的な表現が続くんじゃないかなーという予感はしたのね
おれはいがらしゆみこを大変評価している
それはまあもちろん キャンディを描き切った という点も大きいが
端々にとても「プロのうまさ」を感じる

たとえばキャンディで はっきりは言えないが
「空を飛ぶ帽子」のエピソードがある
おおよそ3ページで描かれている 本筋とはあまり関係ない話なのだが
この組み込みが実に自然で無理がない

マンガ家というのはネームを考えるのが大変らしい
素人の感覚だと絵を描く方が大変な気もするが
大島弓子も ネームが終わればほぼ終わり と言っているぐらいだ

だからたぶん上の「空飛ぶ帽子」のエピソードは
おそらくだが 単なるネーム埋め の役割だったのではないかなあと

しかしそこがさすが僕らのいがらしゆみこで
単なる銭ゲバBBAというだけではない
本筋とは関係ない筈の「空飛ぶ帽子」のエピソードは
キャンディファンにとっては無くてはならないエピソードにまで昇華している

それはつまり
ステアの発明を全く信用していない登場人物たち(キャンディ・パティ)
それでもなお危険な発明品を いつものように自分の身で試してしまうキャンディ
という面白さもあるのだが

そこには貴重な「ステアの発明の過程」が描かれている

ステアの発明というのはうっかりミスというか テスト不足が多い
たとえばメキシコ送りになったキャンディの追跡機みたいなのを作るんだが
徹夜で完成させた後で あっキャンディのにおいが付いている品が必要だ みたいな

空飛ぶ帽子も 初期バージョンは正に自殺機だ 実際ドミィが死にかけている
作ってしまうとテスト抜きで即使用せずにはおられない それがさすがのステアなのだが

しかしそれでも
なるほどさすがのステアでもこういう改良・努力の過程があるのか
というシーンが描かれている大変貴重なエピソードだ

ただ 本筋には関係ない
関係ないが その関係ないエピソードを 貴重なエピソードにまで高めてしまう
という技量がいがらしゆみこには確かにあるのだ

で そのいがらしゆみこが「パロスの剣」というマンガを描いている
ワクワクして読みだしたんだが 途中で眠くなってやめてしまった
よく分からない というかおれには無駄としか思えない詩的な描写がひたすら続き
眠くなってしまった

ああいうのが好きな読み手もいるのかもしれないが
おれはやっぱりああいうのは手抜きだと思う
このブログはどんどん話が横道にそれて 40代ももっちなんかは慣れてるかもしれんけど
赤毛のアンの検索でここに来た人はもう読むのをやめてるかもしれないが
まあとにかく説明すると
冬木という死んだプロレスラーがいるんだけど

あー
まあいいや やめとこう
いくらなんでも話がそれすぎてサギブログになるし

まあ言いたい事1と2だけでいいや
これは2つ
1 ジブリ特有の演出がなんとなく嫌い
2 詩的な表現が無駄に多いのは嫌い

さて
だから赤毛のアンは見てなかった
ただちょっとした事で今回ちょっと見てみようかなと思った

なんかくだらないきっかけだったんだけどね
なんか 2chでマショウ? マチョウ? とにかくそんな名前の人がなんか事件やらかして
んで案の定 赤毛のアンのマシュウスレになっていて
俺もそう言えば赤毛のアン見たいなとか書き込んでいる内に

すっかりその気になってしまった と

結果だけ書けば まず
上で書いた1も2も当てはまらなかった
登場人物たちは俺の嫌いなジブリ特有の動きはしていないし
詩的な表現も あるにはあるが 無駄だと感じた箇所は皆無だった

さて本題
今までの前置き

本題

とてつもなく面白かった
おれはいま 海槌麗巳の言葉を引用すれば おれはいま人生に感謝している
このアニメを嫌ったままで埋もれさせず ちゃんとおれに見せてくれた人生に

ぐぐってみれば これは名作劇場全作品を比べても 最も原作に忠実に作られているらしい
という事は まあ製作者の力量が無い……とは言わないが
やはり製作者の力量に関係なく 原作が良いのだろう

いやもちろん製作者が解釈した「赤毛のアン」を見ておれは感動したのだが
やはり動き・絵・セリフ回し・全体の構成といった部分ではなく
おれはたぶん 赤毛のアンの肝 みたいな所に心を揺さぶられていると思う

原作を読んでみてはどうか 実写版を見てみてはどうか
まあそれも考えては見るが 取りあえずアニメ版で「肝」が分かったし
まあ 機会があれば

空想家でおしゃべり それが少々度を っつーか完全に度を越した少女アン
もちろんその空想 おしゃべり という部分も飽きず面白いのだが

だめぽだ〜 おれは肝を書かずにおれないなあやっぱ
ランキング発表しますみたいな試みでも まず1位から発表せずにはいられないしな

だから肝から書いてしまうが
この物語の「肝」はアンが
空想家でおしゃべりなまま突き進むか 現実と折り合いをつけて生きていく道を選ぶか
という所だ

おれは原作は知らないから あくまでアニメを見ただけで書く話だが

少女期の心をいつまでも捨てず生きていくだろうと思われたアンが
様々な事件を経て 結局は折り合いをつけた生き方を選ぶに至る
もちろん我々だっていろいろなものを捨てて 折り合いをつけ 大人になる

しかし物語の中のアンを見ていると
ひょっとしてアンならそんな心を捨てず 世の中に逆らって生きてくれるのではないか
我々のできなかった事を アンであれば貫徹してくれるのではないかと予感するのだが

結局はアンも大人になってしまう
アンがアンたる所以である個性を捨てて 代わりに大人になる道を選ぶ

大人になったアンを見て マリラが寂しさを感じ涙を浮かべる描写があるが
それは我々が魅了された「空想家でおしゃべりなアン」が居なくなってしまった我々の悲しさだ
「ああ……アンもやっぱり大人になってしまったか」という時間を戻せない寂しさだ

その辺りの描写が おそらく原作モンゴメリーの赤毛のアンがベストセラーに至った理由だろうが
おれもやっぱりその「本当のアン」のままを貫く道を選んで欲しかった
もちろんその 少女のままの空想家でおしゃべりな赤毛のアンの物語 が
ベストセラー・赤毛のアン以上に我々の心を揺さぶる物語になったとは俺にも思えない
だが我々は勘違いしてはいけない
ベストセラー云々は本を売りたい事情というだけで
本を売りたいからこっちの物語の方が良いのだ という理屈にはならない

イブニングドレスで詩を朗読する姿を見て思い出をめぐらすマリラ
涙を浮かべ 正直な気持ちを告白するマリラに アンが

私は変わらない 表の姿の裏に 本当の私はずっと変わらずいる

このシーンなどはもう おれは正視さえできずに思わず目を背けてしまう
本当のアンがいる 何故みんなはこう考えないのだろうかというアンがいる
昔からちっとも変わらないアンがいる
だがそれでは社会を生きていく上で軋轢をたくさん生んでしまうから
本当のアンは裏に潜ませ 折り合いをつけた表のアンとして生きていく

全体的におれはあちこちで涙を浮かべているのだけど
やはりここが最も感情を揺さぶられ 胸をしめつけられる
マシュウの「1ダースの男の子より」では少しじ〜んときた程度だったが

この「本当の私は裏にいる」のシーンは正視さえできない
つまりこれが赤毛のアンの「肝」だと思う

……

さてちょいキモ湿っぽくなりましたが それは肝を先に話したからちょいキモなだけで
それ以外を眺めてみれば 実によくできたアニメだ

海槌麗巳風に言えば おれはいま人生に感謝している

さっき「嫌いその2」で書いた通り
こういうのはどうしてもなんか 余分な詩的な描写が増えがちなのな
なぜならそれをやるのが楽だから
でもこの赤毛のアンでは ほぼその「余分」が無い

そりゃまあ あるっちゃーあるけどね
これは個人差 というか見る気があるか無いかだろうね
おれは赤毛のアンを見る気があったから 途中で詩的な描写が出てきても気にならなかったが
否定的な入り方をしたら 途中で
それこそマシュウの馬車でグリーンゲーブルズに戻る所でもう ゲッ となって
見ないだろうねそこでもう

ダイアナとの第9話 おごそかな誓いも
あーまあ断っておくか 後でそこにちょっと注文つけるんだけど

これなんかもう 見る気が無いヤツだと消すだろうなあ
おれは見る気があるから消さないけどね
かみさまありがとう
僕に 見る気をくれて

第9話 おごそかな誓い
実に少女趣味だが そもそもおれはこういうキモいのが見たかったのだし

この曲いいよなー
忘れないで ってか おぼえていて〜ダイアナ〜
フルート買っちゃおうかなあ
持った事もないけど
構えだけ構えててBGMで流せばいいし

自分で吹きたいんですが?

……ここで少し疑問が生じたが
なぜ大杉久美子でなく 大和田りつ子にしたんだ?
まさか名前がなんとなく似ていて間違えたとか

ぐぐるか
別にいいんだが

>コンテ とみの喜幸
>最終選考に島本須美

いろいろな火薬はあったわけね
こんなアニメを小バカにしたような態度のハゲジジイに絵コンテやって欲しくないけどな
ぼくのアンがけがれるみたいな
島本須美もクラリスやナウシカにぼくらは熱中しちゃっただけで
実は抑揚に欠ける単なる素人に毛が生えた二流半の女だしな

まあいい個人攻撃は大嫌いだ

でもなんで大杉久美子でなく大和田りつ子かは ぐぐっても分からんな
まっいいや名前を間違えたと覚えておこう

そんなバカな大人の間違いはともかく
曲は本当にいいねえ ……いや実はもう少し普通にしろという気はするんだが
でもまあ物語には合ってるからそこまでケチを付けるつもりはない

基本「クラシック感で統一」「クラシックしばり」というキツさはある
でもまあ しばったんだろうな
これはもうどちらが良いとも悪いとも言えないが
しばればしばるで 違和感が出てくる所もあるんだが
それでもまあ しばったんだろう

つまり 気軽に楽しみたい場面も当然あるでしょ?
そういった箇所がなんとなく 重くなってしまうという弊害が

でもまあ
それでもクラシックしばりでの統一感を選んだのだろう
それはそれで 別に大失敗してるわけでもないから
つまりそこまでケチを付けるつもりはない

OPEDについても少し語っておくか
OPEDのプロのおれに言わせると
まずはEDの もえる雲はもっと遠く の後に
曲が盛り上がりを見せるでしょ ラッパとか大太鼓とかシンバルとかで

ここでまず 主題歌・挿入歌 と出る
その後にもう一段曲が盛り上がるんだけど
そこで 声の出演 アン 山田栄子 マリラ 北原文枝 と出る

ここが抜群に良い
これはちょっと意図的かどうか分からないが
たぶん意図的にやっているだろうなという抜群のタイミングだ
毎週同じような 音響とか なになに監督とか 
同じような肩書の人が並ぶわけだから 大体同じタイミングで流れていくにせよ

毎週絶対に 二段目の盛り上がりで声の出演が並ぶ

意図的にやったとしたら これをやったヤツはこの演出に相当な確信があったのだろう
OPED論はまた別枠で語るとして
このアンのEDは明らかに「カーテンコール」の役割を果たしているのだが
その 曲の最高潮の盛り上がりで 声優たちが画面に流れていく
この 声の出演 アン 山田栄子 マリラ 北原文枝 を見て
ぼくらはいわゆるカーテンコールの感動を味わっているのだ

一方OPは まあ……悪くはない
これは敢えて超序盤 つまり第1話でマシュウが迎えに来るのだが
その前を切り取って物語を予感させたという事なのだろうけど

馬車を走らす 誰かが私を連れていくのね というのは
物語の中のアンとは微妙にズレているような気はしないでもない

いや なにか気になる事があると もう他の事が耳に入らない目に入らない 
という意味ではアンらしいっちゃアンらしいのだけど
OPで忘れてならない鉄則は「毎週=50回やる」「物語の前説」という事だ
せっかく 想像力のアン という扱いやすいアレがあるのだから
やはりここは「今週の話」というか 今後の物語を予感をさせるようなOPの方が
良かったのではないかなあと思うのだ

誰かが私を連れていく の中にもそういった意図を感じない……わけではないが
物語の中で具体的にマシュウが馬車で連れていくわけだから
その 誰かが というのはたとえば「神」「運命」などを含めた何者かを製作者は意図していたとしても
やはりこれはマシュウとマリラの意味に受け取られてしまうだろう

最後にやはり いろいろと気になる点もある
赤毛のアン(アニメ)の否定的な文章を読みたくない人は
ここでブラウザ閉じて欲しいが

さてアニメの赤毛のアンは 原作に忠実だという事らしい
だとしたら少女時代の描写
これはモンゴメリーは「大人になって捨てる前提」で書いているのではないかなあとは思う

たとえばダイアナとの心の友のおごそかな誓いがあるが
このあたりがどうも「子供っぽいお遊び」みたいな印象を与えつつ進んでいくのだ
わざと幼稚さを出している感さえある

なぜなら 実際に「心の友」ができるとしたら
ある程度の交流があった上で「この人なら」と心の友の誓いに至るわけだが
そのプロセスが無く いきなりアンは隣人の女の子というだけで「心の友」に決めてしまう
それから会って あなたを心の友にしたいがどうだろう と進んでいく

これはいかにも 大人が考える「子供っぽいプロセス」だ
「意味のないプロセス」「考えの薄いプロセス」というか
おっと ちょっときみら勘違いするかもな 丁寧に説明するか

実際は大きくなってもダイアナとの深い友情は続くわけだが
そういう事ではない
他にもいろいろとアンが繰り広げるあれこれが
大人の目で見ると「いやそういう思考過程はないだろ」と感じてしまうのだ

えー もっとわかりやすい具体例を

ブローチ紛失事件で部屋に閉じ込められピクニックも禁止されるアンなわけだが
とりあえず私が無くしたとウソの告白をして脱出を企み 失敗に終わった後
最後にブローチが見つかった時 ウソの告白をした理由をマリラに淡々と説明するシーンがあるが

それはないだろ〜
そこは当然 怒り狂って正当性を主張するだろ〜

そのエピソードの中でリアルなシーンがあるが
昼食だけは食べなさいと言われて 泣きながら拒否するアン

私をこんな目にあわせて いつか心から後悔する事があると思うわマリラ
でも あたし許してあげるわ
その時が来たら あたしが許したことを忘れないでね

これは ある
こういう思考過程 というかこういう行動はある
おれはモンゴメリーをよく知らない ただのハリポタ的な一発屋のおばさんだと思うが
ただ それでもさっき書いたような
「人格さえも自由にならない切なさ」みたいなものを描いたモンゴメリーが
そんな基本も分かっていなかったら 本当に単なる一発屋のBBAだから

それは俺には信じがたい
わざとモンゴメリーは軽い「大人から見た子供っぽさ」みたいな扱いにして
そして大人になる過程で捨てさせた という気がするのだ


果たしてそんな事をする必要があったのか? モンゴメよ

そう考えるとギルバートの心理描写も どうもいまいち的確じゃない
なぜあんなに詫びてばかりいるのだろうギルは
第31話でさすがのギルもブチ切れるけど
もっとなんか「もういい加減にしろよお前」感を出しても良かったのではないだろうか

ところでギルの声ってなんか聞き覚えあるな
これ主役級の誰かだな えーと 声だけで当ててやる
なんかスポーツアニメかロボットアニメな気がするぞ
仕方ないEDのクレジット見るか

はいはい井上和彦な って誰だっけ いや井上和彦は知ってるけど 誰やってたっけ?
井上和彦 井上和彦 安彦良和
仕方ないぐぐるか っと待てアンソニーの声じゃねえか?

ぐぐるか
あーよかったぎりぎりで当たった
井上和彦な金に弱いというか猪木並に金にコロッといく

まあいいや
個人攻撃はやめよう
ちなみに井上和彦みたいな名前の 陽あたり良好の伸とかやってる声優誰だっけ
ぐぐるか 伸は塩沢兼人で 克彦さんが金に弱い井上和彦か
まあいいやそれも
ちなみに陽あたり良好の声優ってずいぶん豪華だな
無駄に島津冴子とかちょい役で使われてるが まあユリ以降はプー同然の仕事だし
森尾由美ったってこの時期はもう仕事を選ばなかっただけであり

個人攻撃はきらいだな おれ

とにかくギル あんな少年がいるかなあって行動するし
そこはもう少し しっかりとした思考過程に基づいた描き方をすれば良かったのではないだろうかモンゴメリーよ

なんとなくその辺りが どうなんだろう
ひょっとしたらあまり原作でも煮詰まってないような気が しないでもない

たとえば
「おごそかな誓い」をおれだったら

第9話では使わないね
というかぎりぎりまでとっておく

まずダイアナとは知らずに ダイアナと森で会うんだよ
そうだな幻想にふけるアンを見て くすくす笑う女の子
とまどうアンに
少女「ごめんなさい あんまりあなたが楽しそうだったので なにしていたの?」
アン「想像していたのよ」
少女「想像?」
アン「そう ここはお屋敷の大広間で〜」

で 仲良くなってだな
アナ アンは知らない少女と楽しい時間を過ごしたのでした(EDへ)
次回予告 森で仲良くなった少女がダイアナと知ったアンは〜

さて第10話で マリラと一緒にバリー家へ
ダイアナってどんな子だろう あたしを好きになってくれるかしら
で ダイアナを見て わあってなるのな

「あたしダイアナが森で会ったあの子みたいな子ならいいなと思ってたのよ」
「あたしも同じ」

さて ここでおごそかな誓いを立てても良いのだが
せっかくなのでまだ弓を限界までひこう
物語はぶどう酒事件 バリー夫人からアンとの絶縁命令と進み

ここだよ使うのは

「ダイアナ あなた私に 心の友だと宣誓してくれる?」
「宣誓?」
「誓う事よ 永久に私の心の友でいてくれると今 約束してくれる?」
「もちろんするわ でもどうやって」
「来て」

「本当は流れている水の上でつながなくちゃならないのだけど」

で で で

「太陽と月のあらん限り 我が心の友 ダイアナ・バリーに忠実なる事を 我 おごそかに誓います」

BGM 忘れないで

「あなたの番よ 私の名前を間に入れてちょうだい」
「ええ 太陽と月のあらん限り 我が心の友 アン・シャーリーに うっうっ」
「泣かないでダイアナ さあ誓って」
「我が心の友 アン・シャーリーに忠実なる事を 我 おごそかに誓います」

これだろ! メガキモいけどこれだろ! モンゴメよ
どうだ天国の一発屋MGMよ

で もう1つMGMよ
アナウンサーが時間経過を言い過ぎじゃね?

これは別にMGMの責任ではなく 高畑勲の演出の責任なのかもしれないが
だがぐぐれば 原作に忠実なアニメ とわざわざ出てくるから
たぶん原作でもなんか そんなような手抜きの時間経過をやらかしているのではないだろうか

そりゃ少しはいいよ アンが15歳になった とかそういう所は
でも50話で55回ぐらいアナが時間経過しているのはちょっと大杉だろ
最後の方なんかブーストかかって 1年が「そして」で過ぎていく感覚だし

そのせいだろうか
正直に告白すると おれは奨学金以降の話の流れがいまいちに感じた
とにかくアナブーストで 流れだけが淡々と説明されていく

これはやはり
的確なペース配分が必要だったのではないだろうか
細かい変化はあるけれど まあいわゆるちびアンが1話から36話まで
いわゆるでかアンが37話から50話までの14話分

約2.5倍差
配分が悪かったとしか思えない
まあ原作がそうなのかもしれないが

これは毎週やるアニメだと難しいのは確かに分かる
分かるが これは原作が既に著作権が切れてるってぐらいの物語だ
ドラゴンボールみたいに毎週追われてわけわかんなくなってるのとは違う
企画会議とかでたっぷり時間が取れる筈だから
ペース配分はもう少しきっちり決めないと

って分かるよ
ウケが良い前半にたっぷり使い ダレる後半に詰め込んだと

しかしなあ
たとえばペリだと前半旅ターン27話 後半ひとりで生きるターン26話
これはまたなんかキッチリし過ぎなA型感たっぷりだが 基本はこう使わないと

アンを追ってみると
真ん中の25話でなんかまだ物語は混乱真っ只中だし
ってか25話で総集編みたいなのやっとる

ヒマあるんじゃねーか
そのヒマをなぜ後半に向けなかった?

ラスト
あの曲 使いすぎ
なんていうか 疲れてきたから「エピローグ すべて世はこともなし」でぐぐって
その曲 使いすぎ
非常に感動的な曲なのだが アナと同じでこの曲使いすぎ
よくよく聞いたらなんでもかんでもこれ流れてて ちょっとなー
しっかり作曲したのはよく分かるから
せっかくならもう少し 2つ3つ 作曲してはどうだろうかこればっかじゃなくて
依頼されたのがいくつだから いくつ作曲しましたみたいな杓子定規じゃなくてさー
ハッハッハー サービスで3つ余計に作曲しておきましたよでもいいじゃない

そしてその曲 なんで最後ひねった?
ちょっと音符のカナ書きの耳コピですまんが
ピアノアプリでも入れて弾いてくれ

いいからあと少しだからついてこい
ラ シラソ♯ファ♯ の次の

ラ シレ♯シラソ♯ファ♯

ここをなんで シレ♯シラソ♯ファ♯ と頭にシを入れてひねった?
ここなあ 頭のシを省いて レ♯シラソ♯ファ♯
つまり

ラ シラソ♯ファ♯
ラ レ♯シラソ♯ファ♯

としてだな
次にソ♯から始まるもう1盛り上がりを考えた方が良かったんじゃないかなあ
おれはもちろん作曲論など全く語れないので
これはあくまで「アニメ盛り上げBGM論」だが

と言っても今のおれは あの曲を聴くだけで涙がにじんでしまうのだけどね
言いわけしてすまんが
突貫で書いたのでおかしな所があれば後で加筆するかも
ところでモンゴメリーじゃなくて 「リー」じゃなくて モンゴメリか

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
よう
どうせ更新遅いからと思って油断してたら
2本も書いてやんの
てか私ももっちじゃなくてももりんなんだけど
あと誰が腐りかけの子宮やねんコラ
めっちゃ元気に活動中やっちゅうねん

赤毛のアンに関しては、もちろん世代的にど真ん中だし
アニメも、なんなら小説の「その後シリーズ」
(アンの青春とかアンの娘リラとかな)も読んだけど、
正直言って当時からそんなに食いついてない
ていうのは、特にアニメのあのしゃべり続けるキャラがダメだった
原作の小説ではあそこまでだったかどうか定かではないんだけど、
こちとら子供時代は究極の引っ込み思案&無口、でもひそかに
小説とかは書いてる系の女子だったもんで
あのベラベラ喋りに関しては「うっせえ黙れブス!」
ってな気持ちしか持ってなかったな

てなわけで、またね〜
キャンディシリーズよろしく
あとは、アニメならトムソーヤーの冒険なんかアリかな〜
ももりん
2016/12/13 19:18
コメント付いとる40代ももっち改めももりんか

ももっち改めももりんはもちろん女なんだろうけど
40代だったら腐りかけだろ〜子宮
いや別に40代ももっち改めももりんの責任ではなく
40代の女ってのはもう誰でも子宮が腐りかけてんだよこれは生物学上の問題なんだよ

で書きながら腐るのは子宮でなく羊水だったかと気づいたが
とにかくそれは俺が言ったのでなく倖田來未が言った事であり
悪いのは倖田來未だろうな
俺は言わされてるだけの単なるあいつの傀儡と言うか
おれ
2016/12/14 19:59

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赤毛のアン(アニメ)に大変感動した、の話 雑記/BIGLOBEウェブリブログ
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